平成24年住吉大社 御結鎮神事
神功皇后の故事に因み、邪気退散、天下泰平を祈願して行う奉射の神事で、一切の不詳を祓い、福を招くと云われ、「お弓神事」とも云われています。古儀にのっとる10番奉射行事は、大阪府弓道連盟の方々が奉仕され、普段は入れない神館の庭で行われます。
神功皇后の故事に因み、邪気退散、天下泰平を祈願して行う奉射の神事で、一切の不詳を祓い、福を招くと云われ、「お弓神事」とも云われています。古儀にのっとる10番奉射行事は、大阪府弓道連盟の方々が奉仕され、普段は入れない神館の庭で行われます。
住吉大社の摂社である若宮八幡宮の祭りで神前に四つの大釜を添え、その社前で両手に笹を持った巫女が浪速神楽の笛と太鼓のはやしに合わせて舞う「湯神楽」を奏して、その年を占う祭りです。
若宮八幡宮は、応神天皇と武内宿禰をお祀りしています。
白馬神事(あおうましんじ)とは、古来より住吉大社に伝わる神事で国家安泰を祈る祝詞を奏上したあと、白馬(あおうま)が2名の神職とともに、各本宮を拝礼します。古来より宮中の年中行事で白馬の節会の宴があり、藤原定家も「いつしかと春のけしきにひきかへて雲井の庭にいづる白馬」という歌を残しております。特に1年の初めに白馬を見ると、その年は無病息災となり、たいへん縁起のいいものとされています。住吉の神馬は純潔種の道産子馬で、碧色の目を持つ珍しい白馬です。
五穀豊穣を祈る儀式です。神前で向かい合って立った二人、言吹(ごんずい)が「ふくろもちー」と呼び、小餅を入れた袋を持つ袋持が「おーともよ」と答えて、互いに行き違ってその位置を換え、袋持は神前に進んで袋の中の小餅を取り出し、「ひ・ふ・み・よ・ご・と」と数えながら案上に献げ、「萬歳楽」と三度唱えます。言吹は、えびす様、袋持は、大國様を現していると言われます。土地の精霊を鎮め、厄を祓うために、春の始めに大地を踏み、福を招く神に祈る行事と思われます。古くから宮中で行われてきた「踏歌節会」が前身で、現在ではおもに熱田神宮と住吉大社で行われており珍しい神事です。直垂を着用した所役による所作の後、神楽女による「白拍子舞」、「熊野舞」が奉納されます。最後には福を招く餅まきが行われます。
枚岡神社の主祭神は、天児屋命(あめのこやねのみこと)で、藤原氏(中臣氏)の祖先神であります。お笑い神事は、天照大御神の岩戸隠れに際し、天児屋命の美しい祈りとアメノウズメノミコトの踊りと、神々の笑いによって岩戸が開かれた故事によるものです。お笑い神事の後、生駒の中腹にある枚岡神社の本宮である神津獄の登拝に行きました。
今回新しいカメラ、ソニーのα77を使った動画のテスト撮影をいつもよく行く明日香で撮りました。映りは結構いいのですが、使ったレンズがシグマの18-200 DCというレンズで、AFの作動音がうるさく、AFの速度も遅くて、動画には向いていないようです。やはり、動画には、静かな超音波モータ付きがいいと思います。
今年はじめて大阪での大規模な市民参加型マラソン、「第1回大阪マラソン」が10月30日に開催されました。
特に今回の女子優勝者のリディア・シモン選手は、大阪国際女子マラソンでは、いつも優勝していましたし、シドニー五輪での高橋尚子選手とのデッドヒートは記憶に残っています。
斎宮とは、天皇が即位されるたびに伊勢神宮の祭主として派遣される未婚の皇女のことです。天武天皇の悲劇の王子、大津皇子の姉にあたる大伯皇女は、斎宮として有名です。現在の斎宮は、今上陛下の姉に当たられる池田厚子様です。この行事は、斎宮が野宮神社を出発して伊勢に向かう行列を再現しています。
だんじりは、岸和田が有名ですが、昔は、住吉大社のまわりの町でもあったぐらいで、大阪ではあちこちでだんじり祭りが行われます。同級生が貝塚にいて、案内してくれました。初めてと言っていいくらい見たことがなかったので、宮入りも何が行われるのかわからないまま撮影しました。南近義(みなみこぎ)神社には5つの町のだんじりが集まります。この後、パレードがあります。
住吉の生根神社は、昔は住吉大社の摂社で、少彦名命を御祭りしている神社でだいがく祭りで有名な玉出の生根神社はここの御分霊を御祭りしています。少彦名命は波の彼方より来訪した神様で大国主命とともに国づくりに貢献され、薬の神様としても有名です。また、体が小さいということで、一寸法師のモデルになった神様でもあります。また、生根神社は、天神様も御祭りしています。
生根神社の神輿渡御は、長く途絶えていましたが、地元の方々のご尽力により始まり、今年で4回目になります。生根神社を出発して、住吉大社を経て、塚西まで北上し、さらに粉浜商店街を通り、生根神社に戻る経路で4キロ以上の距離を3時間以上の時間をかけて行われました。
若松神社の神輿渡御を撮影しました。
若松神社は、須佐之男命とその妃の止止呂支比売命を祀られていて正式には止止呂支比売命神社と言います。通称、若松神社と言われるのは、承久3年、後鳥羽上皇が熊野詣に出かける途中、住吉大社に立ち寄るため、住吉大社の宮司が当社の松林を開いて御所を造り、その行宮を若松御所と称したのが由来です。
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